やったぜ富士登山レポート24

<大江電機第24回富士登山社員感想文>
実施日:2024年8月3日(土)

やったぜ富士登山レポート24

第24回大江電機富士登山感想文 産機事業部 阿南宏司

第24回大江電機富士登山 当方含め総勢12名での挑戦。直前までの雨予報から一転、
終始晴天で強い日差しと暑さと戦いながらの登山となりました。
安全面を考慮し、昨年よりもさらに参加人数を絞り込み(前回16名)させて頂いたおかげもあり、一定の安定感を感じながらの登山でしたが、その場で隊列先頭を指名したTE渡邉健太郎さんのリードでさらに安定した登山となりました。今回登山開始早々から内心感じていたのは、例年ある“ワイワイガヤガヤ”と言うよりも、一人一人がチームワークに配慮しつつも、それぞれが自分の挑戦に集中している…整然とした登山パーティーとの印象でした。今回那須野さん“親子チャレンジ”は、娘さんが七合目で高山病症状、残念ながら親子で下山を決断しましたが、残ったメンバーでチャレンジ継続、TE渡邉健太郎さんによる適切なペースメイクのおかげでパーティー全体としては無理なく登山出来たと思います。

TOPICSとしては、
・今回最年長の国宗さん“20年ぶり富士登山”“自主トレ敢行”での挑戦。
何事も“積極姿勢”が20年振りを感じさせない登りっぷりでした。
・71期新入社員は太田さん、長谷川さん、浅川さんがチャレンジ。
男性陣はクールにやりきりましたね。余裕が感じられました。
浅川さんも不安と闘いながらも感動のゴール。自信に繋がるといいですね。
新入社員の皆さん、社会人としてのスタートにアクセントとなってくれれば嬉しいです。
・広域から宮田さん、清野さん参戦。宮田さん“キツイ!”と言いつつへっちゃらな感じ。
イケる男は山でも健在。体力あるはず?の清野さんは途中から苦戦の顔色、苦労しましたがチャレンジ達成。
忘れないでね。
・昨年に続きTE渡邉健太郎さん、那須野さん、RSよりジョンさんが参戦。
那須野さん親子の途中下山は残念でしたが、私としては健太郎さんジョンさんの存在が
登山遂行上の安心感となりました。感謝申し上げます。
・TEより満を持して?長倉さんが初挑戦。富士山の洗礼を受けながらも立派に初チャレンジをクリアされました。
大きな挑戦をやり遂げた自信は社長業に活きる事と思います。

今回は事前準備段階で従前とは違いがありました。“2024年問題”の影響が直撃、ドライバー不足を背景にツアー料金が高騰、色々と対策を模索しましたが従来と同じリズム感で動いていた事で対応しきれず、結果的に従来ツアーの利用で大幅な費用アップを強いられました。ツアー自体が充実したのは救いですが、変化に対応出来なかったのは大きな反省です。
また、昨今の円安を背景に海外登山客増〜オーバツーリズム対策として行政側が対応を変えていますが、静岡県(富士宮ルート利用)は入山料徴収・人数規制までは踏み込まず、今シーズンは試験的に“事前登録制”(登山計画提示〜QRコード取得) 、夜間登る“弾丸登山”も禁止されました。今回、登り暫くは下山者と会う事がほぼ無く“ガラガラ”の印象で、行政対応の効果かな?と思ってましたが、登り八合目から下山にかけてはやっぱり混雑。
今シーズンの結果を受け、来シーズンから行政側がどのような対応とするか?ドライバー不足の状況と合わせて注視した上、来シーズンは富士登山ツアーの企画内容を従来運営から改め、新たな対応とする必要がありそうです。社内イベントながら環境・状況変化に感度を持って臨む事の大切さを実感する事となりました。当社の伝統的イベントですが、持続出来る運営として視点を改めていきたいと思います。
最後に、自分の話で恐縮ですが、体力面は充実した状態で臨めました。毎度の事ながら事前準備の大切さを体感しましたが、富士山での死亡事故のニュースもあり、周囲からは“大丈夫なの?”との声も掛けられました。当然ながら安全面は毎回留意していますが、前述の社会環境の変化以前に、気候変動の問題は深刻です。どう影響してくるか?注視していきますが、伝統を守るという事だけではなく、チャレンジを通じてその後の人生に自信や自負、時に教訓…チャレンジャーの中に何かを残す、そんな富士登山にして行きたいとの思いです。

 

2024年度 富士登山感想文 産機事業部 宮田暁雄

この度は富士登山に参加させていただき、ありがとうございました。
登山自体が約20年ぶり。加えて初めての富士山挑戦ということでかなりの不安がありましたが、常日頃の運動がなによりの準備と心がけ、参加を決めて以降はなるべく歩く機会を増やして臨みました。
当日は天候にも恵まれ、絶好の登山日和。事前の予報が悪かったこともあるのか比較的混雑も少なく、登りは予想以上に順調でした。
一転したのが下山。
上ってくる方たちとすれ違うために脇に避けて待機することが多くなり、わかっていても思うように踏ん張れず、悲鳴をあげだす太もも。
それでも先頭を引っ張る渡邉さんの元気。懸命にそれに続く浅川さん、清野さん。中軸で要所を締める国宗さん、長倉さん。全く疲れを見せず明るく過ごす太田さん、長谷川さん。皆の様子をみて各所でフォローにまわる鄭さん。そして全体のながれをコントロールしながら隊長を務めてくれた阿南さん。皆さんの存在が支えになりました。
とてもいい経験をさせていただきました。ありがとうございました。

 

2024年 大江電機富士登山を終えて2024年8月8日 テクノエナジー 渡邉健太郎

今年もやってまいりました、この時期が。
昨年初めて富士山に登頂し、その素敵な思い出と経験から「早くもう一度登りたい!」と思い続けていたため、本当に待ち遠しかったです。
昨年よりもしっかりと運動、準備をし、準備万端で臨んだ今年の登山。
朝の空気の気持ちよさと、だんだん明るくなっていく空のさまは、近い距離に住んでいながらも味わえない貴重なものだなと改めて感じ、気分はより高揚していきます。
そして登山開始へ。
開始時の打合せで、自分がこのメンバーの先頭に立って歩く使命を任されました。昨年は那須野君がベストペースで引っ張っていってくれたことを振り返り、緊張が身体を駆け巡りました。
いざ開始すると、予想以上の緊張、いつもペースを上げて歩く練習をしていたことが仇となり、早い、まだ早いと、指摘を都度いただくことに。おまけに今年は那須野君の娘さんも参加しており、もっと、もっともっとゆっくりと、自分の中で余裕が全然ありませんでした。
新7合目出発のタイミングで娘さんが高山病を発症し、那須野君は娘さんと2人でその場へ残り休憩、部隊を早々に分ける形となってしまい、本当に申し訳なく、悔しい想いでいっぱいでした。
その後はとにかくペース配分を適正にすることに努め、元祖7合目以降は周りへ目を配る余裕も出て、落ち着いて歩を進められるように。
無事頂上へ到着したときには、空の青さも相まって、最高のひとときでしたね。間髪入れずに剣が峰へ突撃し、長倉さんとテッペン取ることにも成功しました。あの瞬間は本当に素晴らしく、何にも代えられないんじゃないかと思う経験です。未体験の方、是非ご一緒しましょう。
そして復路の下り道ですが、今年はなかなか順調でした。みなさん上りよりも元気で足早に下っていて、むしろ早く早くとせっつかれているんじゃないか?と感じるくらいに。さすがに新7合目を過ぎたあたりで限界を迎えたメンバーと部隊を分け、後ろ組で下り再開しましたが、それでも十分順調だったなと。鄭さん、今年もありがとうございました笑。
無事に麓まで下山し、温泉に浸かり、ビールをグイっと飲めたこと、まさに生きてる!って感じですね。みなさま、本当にお疲れ様でした!
来年以降、今回のような形での登山は難しくなってしまう、ということを聞き、そのなかでも色んな案を模索し開催し続けようと奮闘してくださっている大江会長、小池社長、阿南さん。感謝いたします。来年無事に開催された暁には、また必ずエントリーいたしますので、どうぞ宜しくお願いいたします!

 

第24回大江電機富士登山 感想文 RS事業部 長谷川治輝

この度は、貴重な富士登山体験の機会をいただき、ありがとうございました。登山前は正直なところ、周囲から「きつい」「疲れる」といった話を聞いていたこともあり、自分には到底無理なのではないかという不安を抱えていました。過去の登山経験もほとんどなく、本当に山頂までたどり着けるのか、という恐怖もありました。当日になると、周囲の先輩方からの温かい励ましの言葉や、差し入れまでご用意いただいていることに、「頑張るしかない」と感じるようになりました。皆さんの優しさもあって、何とか最後までやり遂げなければという思いで、一歩一歩、山頂を目指して歩き始めました。登山道は思っていたよりも厳しく、特に8合目を過ぎたあたりからは、空気も薄くなり、足の疲労もピークに達しました。どれだけ歩いても山頂が近づいている気がせず、精神的にも大きく疲弊していきました。それでも、途中で何度も心が折れそうになりながらも、皆で励まし合い、助け合いながら、頑張りました。そして、ついに山頂に到着した時の達成感は、今でも鮮明に覚えています。これまでの努力がいかに意味のあるものだったのかを改めて感じることができました。下山は、上りよりもさらに体力を消耗するものでしたが、疲れていたせいか、変に力が入らず、リラックスした状態で下山することができました。
今回の富士登山を通して、たくさんのことを学びました。まず一つに、何事にも挑戦することの大切さです。始めは不安でいっぱいでしたが、最後までやり遂げたことで、自信になったと感じています。また、仲間との協力の大切さも痛感しました。一人で登りきることは不可能でしたが、仲間と力を合わせ、励まし合い、支え合うことで、山頂まで登りきることができました。
今回の経験は、私の人生において、とても貴重な経験となりました。この経験を活かし、今後の人生においても、どんな困難な状況にも立ち向かい、目標に向かって進んでいきたいと考えています。
このような素晴らしい機会を与えていただき、本当にありがとうございました。

 

第24回大江電機富士登山 感想文 電材事業部 浅川真由

富士登山に参加させていただき、ありがとうございました。
初めての富士登山は、正直自分が富士登山をするなど全く考えていなかったので、不安でいっぱいでした。五合目から登り始め、山頂が近づくにつれて、ここまで登ってきている自分の体力に驚きました。9合目からは、かすかに見える山頂を目指しながら必死で登り切りました。山頂についた瞬間、達成感と嬉しさでいっぱいでした。
ですが、下山が思っていたより大変でした。踏ん張る力も徐々に弱くなっていき、ペースも落ちてしまいました。ですが、荷物を持ってくださった方、足の状態を気にかけてくださった方や、倒れそうになった時に支えてくださった方、励ましてくださった方など、一緒に富士登山に参加した方たちにとても支えられ、無事に帰ってくることができました。そして、出発前に応援してくださった方や、行動食をくださった方、登山道具を貸してくださった方、たくさんの方に支えられ登り切ることができたと感じています。本当にありがとうございました。
このような機会がなければ自ら富士山に登ることはなかったので、とても貴重な経験になりました。また、サポートしていただいた皆さんには感謝の気持ちしかありません。本当にありがとうございました。

 

第24回大江電機富士登山 感想文 産機事業部 太田樹

この度は、富士登山に参加させていただき、誠にありがとうございました。
富士山への登山は、当初あまり気乗りしませんでした。日本一の山に対する憧れはあったものの、実際に行動に移すほどの情熱はなく、日常生活に埋もれていました。しかし、大江電機が毎年主催する富士登山に参加する機会を得て、現実のものとなりました。事前の準備を進める中で、徐々に富士山への興味が高まりました。山に関する情報を調べるうちに、その壮大さや登頂に必要な努力を知り、不安が期待に変わっていきました。
いざ登山の日が訪れると、その厳しさを実感しました。特に標高が上がるにつれて息苦しさや疲労感が増し、辛い瞬間も多くありました。それでも、一歩一歩進むごとに周囲の風景が美しく変化し、その過程自体が達成感をもたらしました。そしてついに山頂に到達した瞬間、その苦労が一瞬で報われる感覚を味わいました。広がる絶景、眼下に広がる雲海、そして達成感に満ちた自分自身。この経験は単なる登山を超え、人生の新たな一章を開くような感覚を抱かせました。
富士山に挑戦したことで、自分の限界を知り、それを超える喜びを感じることができました。最初は気乗りしなかったものの、実際に登ってその魅力を実感し、後悔は一切ありませんでした。この経験は私にとって貴重であり、今後も新たな挑戦を続ける勇気を与えてくれたと感じています。
このような貴重な機会を与えていただき、ありがとうございました。

 

第24回大江電機富士登山 感想文 国宗昌一

20年ぶりと思っていましたが、正確には19年ぶり(やったぜ富士登山レポート07 | 大江電機株式会社 (ohe.jp))、3回目の大江電機富士登山でした。「ご一緒する皆さんにご迷惑は掛けられない」と思って、早々に登山靴を買って足を慣らし、週末は少なくとも10km位は歩いて鍛えていました。梅雨明けしてからも、熱中症と戦いながら、鎌倉アルプスを縦走する等、週末の自主トレを欠かさず。「トラッキングポールが有った方が上り下りは楽!」と〇〇山荘の店員さんにアドバイスを受け、ちょっと高額でしたか、嫁さんの許可をもらって購入。前日までの荒れる天気予報に合わせ、フリースやダウンもリュックに詰込み、“還暦のおっさん”なので色々な準備を万全に、数日前から禁酒、熟睡する等、油断することなく、当日を迎えました。

富士登山は周りの景色を楽しむことはあまり無いので、「皆さんに遅れず、とにかく付いていく」ことだけを第一に、隊列の前を行く那須野さん(途中からは清野さん)のリュックを見て、登りました。前半は何とか追従出来ていましたが、阿南隊長から「大丈夫ですか?」とのお気遣いから、思わず「9合目からは少しゆっくり」、「9.5合目からはかなりゆっくりで」とリクエストしてしまい、最後は2隊に分かれましたが、大きな迷惑をお掛けすることなく、登頂することが出来ました。
下りは、疲れもあって転倒すれば怪我してしまい兼ねないし、ポールをうまく使って、清野さんのリュックと足元を見ながら、慎重に、慎重に踏ん張りながら、下山しました。「明日は筋肉痛ですかね」って、長倉さん・宮田さんが後ろで囁くので、見栄を張って「おっさんの筋肉痛は翌日でなく、2,3日してからですかね(笑)」って、呟きましたが、既に膝が笑っていて、大変でした。(実際には転倒1回で下山出来ました。)

今回は雨降ることは一度も無く、山頂(剣ヶ峰、富士山頂測候所)も晴れていて、最高の景色、コンディションでした。(迷惑掛けずに下山することを一番に、パワー温存の為、鶴ヶ峰登頂は断念。)逆に終日、暑さとの戦いでした。阿南隊長のアドバイスからお茶2ℓを買込み、熱中症は避けられましたが、途中、暑くて思わずTシャツ一枚になり、日焼け止めクリームを塗ってはいましたが、首や腕まで真っ赤になってしまったことは反省です。

3回目でしたが、毎回、「富士山登頂!」ってホント、良いですね。
この達成感と言うのは登った人にしか、味わえないものでしょうが、山頂で浅川さんが流していた嬉し涙に、さらに感動しました。そして、那須野さんのお嬢さん、是非、リベンジを!
最後に今回の富士登山を企画いただいた阿南隊長他、経営層の皆様にお礼申し上げます。

 

富士登山 感想文 RS事業部 鄭仁甲

大江電機に入社して2回目の富士山登山に参加しましたが、今回は昨年に比べて体力的な準備が十分ではなかったため、家に帰ると非常に疲れを感じました。

昨年とは違い、参加人数も少なく、登山自体にいくつかの制約があったため、登るときには多少の余裕がありましたが、下山時には観光客を含めて人が多く、予定よりも大幅に遅れてしまいました。 その中で、富士山をスリッパで登っている人を見かけ、少なからず驚きました。 町の裏山に登るのとは違い、富士山をあんなに軽装で登るなんて…。渋々来たような表情が今も記憶に残っています。

昨年はそれなりに準備をして登山に参加したため、特に何も考えずに登ることができましたが、今回は準備が不足していたため、それなりの作戦を立てて臨みました。 休憩のタイミングでエネルギーを補給し、購入した酸素を活用してコンディションを維持することに努めました。

その結果、今回の登山も無事に頂上まで到達することができ、作戦は成功し、今年の目標の一つであった富士登山を達成することができました。

それから、もし次にまた登山をすることがあれば、その時は登山の映像を撮ってみるのも良いかもしれません。

 

2024富士登山 テクノエナジー 長倉秀朋

4月の方針発表会で那須野君に「一緒に富士山に登りましょう」と言われ
小学生の時以来34年ぶりの富士登山に挑戦しました。
正直、参加の表明をするまでは、あまり前向きな気持ちではありませんでした。
体力的に自信がなく集団行動が苦手な自分にとっては苦痛な行事だと感じたからです。
しかし阿南さんより参加募集のメッセージが入るとなぜか使命みたいなものを感じ、
挑戦したい気持ちになり、参加することに決めました。
参加を決めたからには、こんなでかい体だし、一緒に登る人たちに絶対迷惑をかけられないと思い、全力で準備することを決めました。ウォーキングと阿南さんより頂いたアドバイスのスクワットを日々こなし、登山前には10㎏の減量に成功しました。
しっかり準備をし、体力に少しの自信をもって登山当日を迎えましたが、開始直後に左股関節に痛みが出て富士山の怖さを思い知ることになりました。下山までずっと痛かった・・・
登山中、足の痛みと険しい山道でほとんど下を見て歩いていましたが、
周りを見ると先頭でペース配分している健太郎が後ろを何度も振り返り全体の様子を伺っていることに気が付き、自分のことしか見えていないことをとても恥ずかしい気持ちになりました。
周りのメンバーに気を配り、まとめていくことは自分にとっては今後の課題です。
今回の富士登山で今一度痛感しました。
企画をしてくださった阿南さん、お忙しい中ありがとうございました。
一緒に登った皆さん、誘ってくれた那須野君、健太郎ありがとうございました。
いろいろな事を学ばせて頂く良い機会となりました。

 

3度目の富士登山は親子二人での戦い テクノエナジー 那須野亮

今回で3回目の挑戦となる大江電機の富士登山。
自分は今年の5月に「富士山一周ウルトラウォーキング」という大会で、1周125kmを31時間かけて歩いたので、体力面では昨年よりもかなり進化しているので心配はしていませんでした。自分よりも昨年熱を出してしまい参加出来なかった娘(今年9歳、小4)のリベンジが今回のメインとなるでしょう。
朝までバスでの車中泊という名の戦いを乗り越え、まだ薄暗い中登山開始。
今年は渡邉健太郎君が先頭でしたが、娘の歩幅では若干ペースが早く感じ、前の人について行く為に大股で息を切らせながら登っていました。
一つ目の山小屋(6合目)までは問題なかったのですが、二つ目の山小屋(新7合目)に辿り着いた時、娘の体に変化が起きました。高山病です。顔は唇まで真っ白になり、気持ち悪さからその場で吐いてしまいました。
ここで他のメンバーとは別れ、30分程その場で休息を取りました。
休息をした事により娘の唇の色も元のピンク色に戻り、このまま下山するか、もう山頂までは間に合わないけれど、もう一つ上の山小屋まで行くか。非常に悩みました。
そして親子二人でもう一つ上の山小屋まで目指そうと決めました。
ここから親子二人での戦いが始まりました。常に手を繋ぎながら一歩一歩確実に、体調が悪くなる前にこまめに休憩を取りながら娘のペースに合わせて。
そしてついに次の山小屋(元祖7合目)に辿り着く事が出来ました。
よく吐いた後に次の山小屋まで頑張って来れたなと娘の成長に感動しました。
昨年山頂に辿り着いた達成感に似た感覚が二人の中にはありました。
ここで頑張りすぎたのか、トイレで酸欠状態になったのか、再び娘の顔色が真っ白になってしまい吐いてしまいました。これ以上は危険と判断し、山小屋で1時間程の休息を取り下山を始めました。5合目に辿り着く頃には娘の高山病の症状も回復し、シャトルバスにて一旦自宅へ帰りました。
夜の慰労会には合流できましたが、今年の登山メンバーとあまり思い出を作れなかったのと、方針発表会で長倉新社長と一緒に富士山のてっぺんへ行きましょう!という約束が実現出来なかったのが残念です。
しかしリタイヤ組にもその後ドラマがあったという事はご承知下さい。
娘はもう行きたくないと言っていましたが、高山病が無ければ登り切れる体力はあると思うので、来年じゃなくてもまたいつの日か親子で登頂出来ればなと思います。
小池社長、体に効きそうな栄養ドリンクありがとうございました。
毎年企画運営して頂いている阿南さん、ありがとうございました。
そして今年富士山に登頂した皆さん、本当にお疲れ様でした

高山病は大変だ 小学校4年 那須野さんの娘さん

わたしは8月3日に富士山に登りました。
富士山に登るきかくを立てたのは、お父さんの会社が立てました。
登り始めて1回目のきゅうけいまではじゅんちょうだったのですが、2回目のきゅうけいで体調をくずしてみんなとはべつ行動となり、その場で30分ほどきゅうけいをして、ちょこちょこ休みながら登ることにしました。
次の山小屋まで登ったらまた少し体調をくずしてしまったので下りることにしました。
下りたらお母さんにむかえにくるようたのんでからシャトルバスに乗りました。
まだしっかりパンやごはんなどを食べられなかったので、ゼリーを飲みました。
夜ごはんの時間はみんなで食べました。デザートにはメロンとさくらんぼがあり、おいしかったです。さいごにかいさんしておわりになりました。
高山病は大変だったので、もう行きたくはないかなと思いました。
お父さんはまた行くそうです。

 

2024年 富士登山感想文 産機事業部 清野紘太朗

今回、富士登山に参加させて頂きありがとうございます。

人生初の富士山、無事に登り切ることができました。
昨年は登山の直前にコロナにかかってしまい参加出来なかったので、今回はリベンジで参加しました。
もともと登山の経験もなく知識のない状態だったのでペース配分や登り方など分からないことだらけ。正直なところ無事登れるかとても不安でした。
普段雨男の私ですが、この日は天候に恵まれ登りは景色が綺麗だったのは今でも忘れられません。
残念ながら、高山病にかかってしまい登っていくにつれて呼吸が苦しく寒気もありましたが、参加メンバーの皆さんに助けていただきながらなんとか登ることができました。

最近は運動もして体力づくりの準備をしておりましたが、登山って注意深く登らないといけないだなと反省しました。
下山で再出発した時、景色を見て「こんなに登ってきたんだ!」と改めて思いました。
上から眺める景色は本当に綺麗で心が癒されました。
下山では体調が回復し、ペース配分に気を付けながら進みましたが最後は足の踏ん張りもきかず転倒しそうな場面も何度もありました。
「下山も大変」そう言われたのが実際にやってみて身に沁みました。

今回参加メンバーの皆さんと支え合いながら登れたことは、一生忘れられない思い出となりました。また今回はじめて話したメンバーもいらっしゃいましたが、この機会を通じて仲良くなれたこともとてもありがたかったです。

大江電機社員として1つ大きなイベントに参加し成し遂げられたことは、とてもいい経験となりました。
最後に今回参加メンバーの皆さん、企画から最後までフォローしてくださった阿南さん、
出発前に差し入れをくださった小池社長、浜谷さん本当にありがとうございました。

今回の経験を忘れずこれから新しいことにも恐れずチャレンジしていこうと思います!