やったぜ富士登山レポート18

< 大江電機第18回富士登山社員感想文 >
実施日:2016年7月27日(月)

富士登山

前文

大江電機の富士登山は2000年7月から毎年続けてきました。今年は私が野球で足を痛め、先導役不在の
ために開催を見送りました。16年連続が途切れてしまうのは残念ですが、来年の再開に向けて準備を進める
ことにしました。

そこに5月入社した英雄が現れました。韓国出身の李さんが単独で富士登山に行きますとの報告を受けまし
た。しかも御殿場口の5合目を往復とのこと。8合目までトイレも山小屋もない、気の遠くなるような登り道
をひたすら頂上を目指す、最も厳しい登山道です。27歳、大柄な体格ですから体力は十分ですが、御殿場口
の一人登山は精神面の強さが求められます。

李さんの感想文から登山の詳細が伝わってきます。今までの感想文の大部分には、下りでの辛さが強調され
ていますが、李さんの感想文には下りの記述がありません。この点も興味深いですね。

本年17年目の大江電機富士登山は李さんの単独登山とし、来年は登山リーダーとして李さんに参加してもら
います。(李さんは短時間で日本語習得しています。感想文は原文を掲載しております)

2016年8月8日
大江電機株式会社
代表取締役社長 大江光正

 

やったぜ富士登山 韓国営業所 李勇漢

■日付:2016.07.29 金曜日 ~ 2016.07.30 土曜日 1泊2日
■ルート:御殿場ルート 
■人数:一人
■天気:晴れ

■スケジュール要約
1. 2016.07.29 金曜日 08:30 ~ 11:30
京浜東福線 山手駅 → JR御殿場線 御殿場駅 → 御殿場口新五合目

2. 2016.07.29 金曜日 11:30 ~ 17:30
御殿場口新五合目 → 山小屋 「赤岩八合館」

3. 2016.07.29 金曜日 17:30 ~ 18:30
夕食、着替え及び休息

4. 2016.07.29 金曜日 18:30 ~ 2016.07.30 土曜日 02:00
就寝

5. 2016.07.30 土曜日 02:00 ~ 03:30
山小屋 「赤岩八合館」→ 富士山頂上

6. 2016.07.30 土曜日 03:30 ~ 05:00
富士山頂上で日の出撮影、富士山噴火口望み

7. 2016.07.30 土曜日 05:00 ~ 06:30
富士山頂上 → 山小屋 「赤岩八合館」で朝食

8. 2016.07.30 土曜日 06:30 ~ 09:00
山小屋 「赤岩八合館」→ 御殿場口新五合目

9. 2016.07.30 土曜日 09:10 ~ 13:00
復帰

 

感想

富士登山出発の朝、目覚めたらまるで絵に描いたような完璧な天気でした。部屋から御殿場口新五合目までの3時間の移動は電車の旅行のようなまた一つの気持ちでした。金曜日の朝の電車は山登り服装は自分一人しかいませんでしたので少し恥ずかしかったですが、大船駅からは人が少なくなり楽な気持で電車の窓側の風景を満喫することができました。
特に、御殿場線の2両の懐かしい電車ではボタンを押して降りる方式をしらず、御殿場駅で電車が止まってそのまま待っていたら後ろのおじいさんが先立ってボタンを押してくれました。ありがとうございました御殿場駅のおじいさん!

御殿場駅から御殿場口新五合目までは夏限定のバスに乗りました。自分を含めて15人ぐらい搭乗し、1,400Mの御殿場口新五合目を向かってバスは出発しました。45分ぐらい移動の間、意外に自衛隊や米軍が軍連する様子を見ることができました。なんと自分の軍人の時代を思い出しましたが、同じバスに乗っていた3人のアメリカの男達はバスの窓に手のひらをくっつけて観察するほど非常に興味を持っていました。

富士登山バスはついに御殿場口新五合目に着きましたが、15人ぐらいの搭乗客は一瞬あっちこっち散らばって入口にはボランティアーさん達がもっと多くなってしまいました。さすが御殿場ルートだと思いました。

御殿場口新五合目のバス停から十分ぐらい歩いたら、とうとう巨大な富士山と向かい合いました。

晴れた天気のおかげで1,400mから頂上までのルートのすべてが見えました。遠くからおよそ100m間隔で亀のように少しずつ移動している登山客も見えました。みんな追い抜いてやるぞ!という気持もって彼らを見つめながらバッグパックから水一本、クリームパン1個を出して自分の胃腸をチャージし、心の中で”よし!行こう!やりきるぞ!”を繰り返しながらその偉大な一歩を踏み出しました。

ですが…20分ぶりに息が切れ、心臓がバクバクし始めました。家に戻りたくなりました。バッグパックに入っていたさまざまな食糧を戻り電車の中でゆっくり食べたくなりました。最悪のことは歩けば歩くほど頂上まで残っているルートがもっと長くなっているように感じたのです。さすが御殿場ルートだなと思いました。でもここで諦めてはいけないという三つの理由が私をプッシュしてくれてその力を実感できました。

一つ 実は12年前、2004年に当時製薬会社の営業マンだった父と一緒に富士山を登るため来日したことがあります。生まれて初めに日本に来て富士山は私に綺麗で巨大な銀河の質物や色とりとりな流星、父との対話の時間をお土産としてあげましたんですが、当時、中学生の私の弱い体力で8合目で戻ってしまったのです。私は富士山に何もあげられなかったのです。なので今回は必ず頂上まで登って富士山の答えたかったです。

二つ 富士山という厳しいところに登るというのは今までなかなか連絡が取れなかった私の知り合いに久々に気軽く連絡できる機会にもなれるんじゃないかと思いました。まだは積極的だとは言えませんが私から声をかけることや連絡することなど営業マンとしてきちんと練習したいと思いました。

三つ 基本的に山登りやハイキングなどが好きですので富士山の自然を満喫したいと思いました。

結局この三つの理由で御殿場口新五合目am 11:30から山小屋 「赤岩八合館」の17:30分までずっと歩き続くことができました。途中で一番人相的だったことはアニメの「ハウルの動く城」でハウルの城が野原で曇りの中を移動するシーンのような風景が現れたことでした。また私の周りには誰もいなくなって究極の静かさの中でゆっくりといろいろ想念に集中することができました。もし天気が悪かったらこれを見れなかったでしょう。でも富士山は今回も相変わらず美しい風景を贈っていたんでした。

富士登山
富士登山
しかし2,500mの付近からどんどん頭痛ができました。高山病が始まったのです。もっとも戻りたくなりました。個人的に車酔い、船酔いなどに弱くていつも車内ではあんまり動けないぐらいでしたのである程度高山病を予測しましたが予想より早い時期に始まって3,000m付近からは5分間隔で休みながらゆっくりと一歩一歩進みました。でも後ろで私と遠くなっていた曇りを見るとよくやっているなと思いました。

6時間後、3,380m付近の山小屋に着きました。当日山小屋宿泊をした外国人は自分一人でしたので“リと申します”と一言言うと山小屋のご主人さんからすぐ案内してもらえました。影富士を望みながらご主人さんから富士山についていろいろ聞くことができました。

夜中に起きって日の出をキャッチするためにさっそくご飯食べて6時半から寝ました。でも頭が痛すぎて午前2時まで2時間ぐらいしか寝られなかったです。隣で団体で登った登山各は携帯用酸素ボンベを使って高山病と戦っていましたが、自分も一回だけ使ってみたかったです。

富士登山午前2時。頭痛がピークになった状態で防寒服で着替えてヘッドランプをつけて頂上に向かいました。やっぱり昼より頂上を向かうため人々が増えていました。でもずっと足見て歩くしかなかったので自分がどのぐらい歩いたか全然わからない状態でした。と、痛みで顔を皺めながらあるいつづくとなんと白い門が見えてもう登る道がなくなりました。ついに頂上に着いたのです。時刻は2016年7月30日 土曜日 03時50分。12年前の富士登りを完成させた瞬間でした。

すぐ日の出を望みやすいスポットを探して、カメラを設置し日が昇るまでにその瞬間を携帯で私の家族や知り合いに全部メッセージ送りました。夜中のメッセージで迷惑になった方々もいましたが、仕方がなかったです。そのまま朝4時半ぐらい、横浜ランドマークタワーから静岡市の清水までを照らす金のような日が昇り始めました。

富士登山

米国のジャーナリスト、バーバラ・ウォルターズは登山についてこう言っています。「一番高い山を登る際にも一回、一歩から始まる」・・・新入社員として今回の富士登りはこれから大江電機で「自分の頂上」に登るその一歩ではないかと、この信念をずっと守りたいと思います。